随想録 Vol.3 1997年金融危機から20年

(山一証券、自主廃業の号泣会見)

先日、日本経済新聞に「拓銀破綻20年」という記事が掲載されました。

「そうか、あの金融危機からもう20年も経つのか」

1997年当時、私はさくら銀行の新宿支店に勤務していましたが、当時感じた恐怖は今でも鮮明に思い出すことができます。

1997年11月3日、準大手の三洋証券が会社更生法の適用を申請。戦後初の証券会社の経営破綻。

同年11月17日、都銀の中の一行、北海道拓殖銀行が経営破綻。営業譲渡。

同年11月24日、4大証券の一角、山一証券が自主廃業。野澤社長の号泣会見。

ひとつ、またひとつと、毎週のように大手金融機関が潰れていく、そんな状況でした。

私が勤務していたさくら銀行で緊張が最高に高まったのは、12月の下旬でした。
12月に入って大口取引先の食品専門商社・東食が会社更生法の適用を申請したのです。
原因は、バブル期に行った関連会社向けの巨額の貸付が不良債権化したことによる資金繰りの悪化でした。
不良債権という負の遺産にいよいよ耐えきれなくなったのです。
東食は、規模こそ大きくはありませんでしたが、それでも三井グループの一社で東証一部上場企業。
いざというときは、メインバンクであるさくら銀行を中心に三井グループが支援すると思われていたのですが、そんな会社が破綻してしまったのです。

「さくら銀行は、東食を支援できないほど体力を失っているのか?」

同行の株価はもともと低迷していましたが、これを機に一気に急落し、「次の破綻はさくらか?」と囁かれるようになりました。
そんな重苦しい雰囲気の中、街はクリスマスシーズン。
今考えると滑稽なのですが、私がいた新宿支店は毎年恒例のクリスマスパーティを敢行しました。
多分、少しでも行員の気持ちを明るくしようという支店長席(支店長と副支店長)の配慮だったんでしょうね。
しかし、行員の話題は、預金の引出しに来るお客さんで店頭が混乱するのではないか、うちは本当に大丈夫なのか、といったことばかり。
あれほど盛り上がらないビンゴゲームは、世の中広しといえどもそうはないでしょう。

その後、さくら銀行は、トヨタや三井グループ各社に巨額の増資を引き受けてもらうなどして金融危機をなんとか乗り切り、2001年4月には住友銀行と合併。三井住友銀行として現在に至っています。

今の金融業界は、1997年当時では想像がつかない姿になっています。
しかし、昨今のフィンテックや仮想通貨の台頭を考えれば、5年後、10年後の金融業界は今とはまた全然違った姿になっているのかもしれません。

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